ある日の夕方、自宅へ帰ろうと自転車を走らせていた私は

『キラッ』と光るものが目に映りブレーキをかけた。

そこにあるお店のガラスに顔をつけて見たことのない光景と懐かしいものをジーッと見つめていた。

囲炉裏に小さな道具が置いてある。

壁にはエントツが並んでいて珈琲豆の名前が書いてある… ここは何屋さん？珈琲屋さん？

数日後、お店を訪ねて『あの…コーヒー？ください・・』と言った私に

『コーヒーないよ！』店主が笑顔で答えた。

『ええっ？コーヒーないの？？』

『そうだよ♪あんたの好きな珈琲はどれだい？焙煎度はいくつ？』

店主がずっと笑顔で話しかけてくる。

その一瞬の出来事から私は師匠の事が大好きになってしまった。

珈琲屋なのに珈琲がない。

作りおきが一切なく、注文した珈琲を楽しそうに丁寧に焙煎してくれる。

薪ストーブで育った私は囲炉裏とエントツにビビッと来て最高に楽しい人と珈琲に出会った。

 

弟子入りして１ヶ月…

『俺の夢は八王子を珈琲の街にすることなんだ』師匠は私に夢を語って旅立ってしまった。

焙煎の仕方も解らない私の目の前に小さくて可愛い師匠手作りの焙煎機がポツンと残されていた。

炭に火をつけ…師匠の思いを胸に抱き、美味しい珈琲を煎ろうと頑張って来た。

師匠の夢を実現するために。